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2008年の韓国映画、背水の陣。

新しいストーリーなどどこにもない、と過去記事に書いた。
どこかで観たことがある、聞いたことがある、所詮焼き直しのストーリーを、いかに魅力的に新しく描くか、オリジナリティーはここでこそ試されている。「韓国」に拒絶反応を示し、パクリでしょ、というのがそもそも特別視した観方で、逆に言えばそれだけ「韓国」に取り込まれているとも言える。韓国だけではない。世界規模でパクリ、パクられている。言い方を変えたらどうかと思う。世界規模で学び合っているのだ。良い所は真似たらいい。フツーに素直に真似たらいい。私のところだけでなく、国単位で特別視したりはしない、映画サイトの管理人さんであれば、韓国映画の学びの上手さを評価する人は多いと思う。私もお邪魔して随分と拝見した。やっぱり、そうだよね、と思った。たとえば日本原作ものを韓国映画が作り直すとき、韓国映画の方が断然面白くなっている。具体的に題名は出さないけれども、ほとんどが面白く作り変えられている。設定は同じでもストーリーの中心から韓国のものとして作り直されているのだ。やってみれば分かるけど、口で言うほど簡単な作業ではない。ましてや本家より面白くしようと思えば、それこそオリジナリティーが問われているというものだ。同じ景色を見て、別の感想を述べる、しかも最初に述べられた感想よりも、面白い感想を言わなければいけない。その大変さは並大抵なものではない。

その韓国映画が、2008年、背水の陣を敷いているというのだ。
記事が出ていた。

一世一代の大勝負…『良い奴、悪い奴、変な奴』
キム・ジウン監督の作品が好きではない映画関係者でも、「ソン・ガンホ、イ・ビョンホン、チョン・ウソンの3人が主演する超大型プロジェクトに今年韓国映画の運命がかかっている」という考えは同じだ。30‐40億ウォン(約36‐48億円)の制作費をかけたものの、企画は似たり寄ったりだった昨年の映画はほとんどが失敗した。それだけに、今年は大作への依存度や期待がさらに高まっている。純粋な制作費だけでなんと150億ウォン(約18億円)を軽く超えるとの声もあるが、配役や設定だけでも十分好奇心をそそられる08年最大の話題作。
「起死回生狙う韓国映画、08年は想像力で勝負」(上)(朝鮮日報)



そしてこの記事の(下)の方に、2008年の期待作として何本か紹介されていた。
制作費別の期待作 先日ご紹介したキム・ギドク監督の『非夢』も入っている。

韓国映画だけでなく、世界的に頭打ちの感が否めない。
世界的に、所詮焼き直しのストーリーを、さらに面白く語ることの難しさがここにある。
といっても、じっさいに興行収益としての数字を叩き出していかなければいけない、現場の苦しみもあるだろう。想像力を駆使して、より魅力的なものを作り出していこう、という意気込みだ。現実は厳しい(苦笑)。
記事にも出ているが、そのための用意は整えられている。「配役や設定だけでも十分好奇心をそそられる」と。『良い奴、悪い奴、変な奴』の写真をぜひ見て貰いたい。この表情だ。もうパクリなどとは言わせない。魅力的な新しいものを作り出していく。この表情が、その覚悟のほどを物語っているようだ。


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『非夢』 キム・ギドク監督/オダギリジョー

夢も現実も、じつはそれほど境目がなく、私たちはイマジネーションのなかで生きているのかも知れず、それを一方的に揺るがない現実だと思い込んでいるのかもしれない。現実にはなんだって起こり得るのだ。一見、ありえない話だとしても。その思い込みに硬直した社会へと裂け目を作り、踏み込んで行く。破壊は同時に創造する。大勢のブーイングを背にして。韓国ではそうとう叩かれている、らしい。キム・ギドク監督の次の作品は、夢を現実と信じる男と、夢遊病に悩まされる女の愛を描く。主演はオダギリジョーだ。

日本のみならず韓国でも大人気のオダギリジョーが、鬼才キム・ギドク監督の新作映画に出演することが決まった。
オダギリジョーは、キム・ギドク監督の新作『非夢』に出演することで合意したことが分かった。オダギリジョーは、今年10月に主演映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』のプロモーションのため来韓した際、キム・ギドク監督と新作映画について話し合ったという。
キム・ギドク監督の新作映画『非夢』は、夢を現実と信じる男と夢遊病に悩まされる女の愛を描いた作品。前作『息』(2007)では、主演に台湾の演技派俳優チャン・チェンを起用。『息』公開後、キム・ギドク監督は「海外の俳優と一緒に仕事がしたい」と語っていた。今回、インディーズ映画への思い入れのあるオダギリジョーを起用したことで、自身の言葉を実現した形となった。
オダギリジョーの相手役には、現在人気ドラマに出演中の韓国人女優が起用される予定だ。短期決戦型で撮影に臨むキム・ギドク監督のスタイルを尊重し、すでにドラマの制作陣とは調整中とのこと。
オダギリジョーは来年1月3日から韓国で『非夢』の撮影に臨む予定だ。
オダギリジョー、キム・ギドク監督の新作映画に出演決定(朝鮮日報)



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父親たちの星条旗/硫黄島からの手紙 (クリント・イーストウッド)

父親たちの星条旗戦争を分かった気でいるやつはバカだ
特に戦場を知らぬ者に多い
皆 単純に考えたがる
“善 対 悪”
“ヒーロー 対 悪者”
どちらも大勢いる
だが実際は我々の思うようなものではない



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『サッド・ムービー』 チョン・ウソン/イム・スジョン/チャ・テヒョン

サッド・ムービー4組のカップルの愛と別れを、交差させることなく描いた作品。消防署員ジヌ(チョン・ウソン)と手話通訳者スジョン(イム・スジョン)、遊園地で働く聴覚障害者のスウン(シン・ミナ)と肖像画家のサンギュ(イ・ギウ)、離別代行業を始めるハソク(チャ・テヒョン)とスーパー店員のスッキョン(ソン・テヨン)、そしてキャリアウーマンのジュヨン(ヨム・ジョンファ)とその息子のフィチャン(ヨ・ジング)。
「どうして愛は終わる瞬間に一番輝くのだろう」と、Without You/rockwellの情緒たっぷりの名曲にのせて予告編が大量に流され、どこへ行っても消防署員ジヌと手話通訳者スジョンが真ん中に写っている、あのポスターを見かけた。お客さんは、すでに欲しいと思うものを貰いに映画館の椅子に腰掛けただろう。泣ける、素敵な、重層的な、深い話を期待して…。

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『ダンサーの純情』 ムン・グニョン/パク・コニョン/ユン・チャン

ダンサーの純情パク・チョルス監督のもとで助監督として働き、酸いも甘いも噛み分けて、遅咲きの新人監督として映画界にデビュー。はじめての作品は、イ・ビョンホンさん主演の、『純愛中毒』。公式HPによると、「登場人物のディテールの心理描写としっかりとしたドラマの構築を通して完成度の高いメロドラマを作り上げ、ヒットメイカーとしての地位を確立した」と、あるけれど…、事前情報ナシでも分かる伝わる? 映画『ダンサーの純情』は、みんなに愛される映画となっている。

ストーリー。
パートナーを失った、或るダンサーが、新しいパートナーといっしょにダンスチャンピオンを目指していく、というもの。
「なぁ~んだ」と言われてしまいそう。よくある話じゃないか、みんなに愛されるって、どこが面白いわけ?

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『トンマッコルへようこそ』 シン・ハギュン/チョン・ジェヨン/カン・ヘジョン

トンマッコルへようこそ「イノシシが来たら左手で首をつかんで、右手でイノシシの目を3発殴る。イノシシは、アザのできた目で家に帰り、仲間にこう言うだろう。“トンマッコルに行くな。怖い村だ”って。そうすれば二度と来ない。もしお前が目を殴られたらどうする?」

「仕返しをしに行く」

「……じゃあ、殴っちゃダメだな。イノシシに仕返しされたら大変だ」

韓国映画を観ていくと、朝鮮戦争を扱った作品が、とても多いことに気づかされる。どういうテーマで映画は作られていったのか、せめて過去20年ほどさかのぼって統計を出してくれる所があれば、その数字をもとにハッキリと言えるのだろうが…、日本語字幕付きで観られる作品は限られているとはいえ、個人的な感想として、この北と南の確執、その戦争が、いかに韓国の人々の興味の対象として支持され続けてきたのか、映画を観ただけでも感覚、ニュアンスとして理解できる。

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『善き人のためのソナタ』 ウルリッヒ・ミューエ

善き人のためのソナタ「少なくとも君の作品は愛されてる。
 あふれる人類愛、人間は変わるという信念。
 ドライマン。
 君が作品の中で叫んでも、人間は変わらん」

「1984年、東ベルリン。国民は国家保安省(シュタージ)の監視下にあった。10万人の協力者と20万人の密告者が、すべて知ろうとする独裁政権を支えた」という。
このドライマン(セバスチャン・コッホ)は、それらに耐えて、劇作家として出来る限りのことをしようとしている。しかし時代は許さずに、反体制側の人間であるという証拠をつかむため、今では考えられないほどの執拗さでドライマンたちに密着する。その1つの方法として、家中に盗聴器を仕掛け、24時間、監視するのだ。

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