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イ・ビョンホンさんの日の丸塗りつぶし事件など、ひとりごと。

遺憾の意を表するところは遺憾の意を表し、理解してあげられるところは理解してあげて、静観するところは潔く静観し、必要以上に騒ぎ過ぎたり、或る一方方向に作為的に持って行こうとしたり、日の丸、日の丸とシュプレヒコールを繰り広げることなく、ほんとうの意味での良識人としての分別、対応を望みます。


イ・ビョンホンさんのイベントが日本武道館で行われ、そのときの様子を写した画像のなかで、日の丸が塗りつぶされている画像が出まわっていたそうで。ネット上では、それ見たことかと、嫌韓派が騒いでいましたが。

やっぱり日の丸を塗りつぶされるのは、イヤですか?

なに言ってンだコイツとか言うまえに、ちょっと冷静に考えてみると、
昨日は参院選の投票日で、わりと生活に近いところでのマニフェストが出揃っていたと思いますが、さすがに今回は皆さん投票所へ向かうだろうと予想していたのですが、なんと60パーセントを割り込んでいます。有権者のほぼ半分しか選挙に行っていない。



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私考(ぼったくり韓流イベント/反日を糾弾する人々)

なにか裏がありそうだと、ワイドショーなみに憶測するのは、それはそれで楽しいのかもしれないが、下手な考え休むに似たり、噂の当事者たちは意外にポカンとしていたりする。事実はもっと単純だったりする、あるいは複雑だったりする。そういう受け身の姿勢をやめて情報に踊らされることなく、じぶんのアタマで考えてもいいような気がする。重箱の隅をつつくような、言葉ひとつ1つの揚げ足取りのせいで消耗したくない、とは思うけれども、韓国ドラマサイトを開いていれば、さけて通れない話題かとも思われる。しかし、そうは言っても、どう言えば伝わるのか…、いまだ決めかねたまま、重い腰を上げて、私なりに書いてみる…。

項目
1 ぼったくり韓流イベント
2 反日を糾弾する人々


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『波乱万丈 ~Missキムの10億作り~』 チ・ジニ/キム・ヒョンジュ/キム・ソンリョン/パク・コニョン

波乱万丈 ~Missキムの10億作り~


目次
制作/出演者
あらすじ
感想文
DVD/その他


■制作/出演者
放送/2004年韓国SBS
演出/チャン・ギホン(「ミスターQ」「トマト」「明朗少女成功記」)
脚本/パク・ヨンソン(「同い年の家庭教師」「彼女を信じないでください」)
出演/キム・ヒョンジュ(「日差しに向かって」「商道」「ガラスの靴」「百万長者と結婚する方法」)
   チ・ジニ(「ジュリエットの男」「ソナギ」「テジャングム」「春の日」) 
   キム・ソンリョン(「イヴの花園」「ジュリエットの男」)
   パク・コニョン(「サタデーナイトフィーバー」「ダンサーの純情」)

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韓国ドラマは恋愛ものから社会派へ

この夏、韓国ドラマは恋愛ものから社会派へ(朝鮮日報)

『エアシティー』も、まさかの失速、チェ・ジウさんも出ているのに視聴率には貢献できなかったようす。視聴者はドラマに誰が出演しているのかよりも、どんなドラマなのか内容重視で観るという。

「視聴者たちは現実を忘れ、ファンタジーの中で癒しを得るためにドラマを見ると考えられてきたが、韓国では似たような恋愛ドラマがこれまで過剰なほど溢れており、もうドラマにファンタジーを期待していないようだ」とSBSのク・ボングンドラマ局長。
それに対して朝鮮日報の記事では、「ドラマが現実から目を背けるための「逃避先」でなく、人生に役に立つ情報と指針を得るための「窓口」の役割を果たしている」と続けている。

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『スカーレットレター』 イ・ウンジュ ハン・ソッキュ

イ・ウンジュさんの遺作となった『スカーレットレター』
彼女はこの映画を最後に自殺 してしまった。
韓国のネット上には彼女の実家の経済状態が暴露され、実家の犠牲になって承諾したくない仕事をむりやりに承諾させられて出演したのではないのかという話も出ていた、らしい。
ほんとかどうかは分からない。これが自殺の原因だとハッキリ言えるほど、死にゆく人の思いは単純ではないだろうから、直接の原因というより秘められた深層の心理そのものすべてが彼女を死へと追いやってしまったのだろうと、いまはそんなふうに考えている。

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『ブラザーフッド』 カン・ジェギュ監督

「同胞が殺しあうほど思想ってのは大事なものか? 日帝時代は国のために戦って、今度は何だよ」

開始まもなくして、カン・ジェギュ監督は脇役の男にそう言わせている。
論文の書き方式に言えば、私はこれからこのことについて描きますと、ここで宣言している。「今度は何だよ」と問いかけ、今度はこれですと示し、結論を導き出す。

この映画の主役は兄弟でなければならなかった。
そしてそのうちのどちらか1人が北に寝返る必要があった。
なぜならこの映画は南北を兄弟として捉えているからだ。
北朝鮮も韓国も、おなじ血を引いた家族・兄弟であり、その兄と弟が殺しあっている。この映画の兄弟のように、たがいに大切に思いあえたらいいのにというイマジネーションが強くはたらいて、それが結論として見ているこちら側へとまっすぐに伝わってくる。抑制するほど映画は本音が剥き出しになるのだ。

戦争映画として見た場合、主人公が敵に寝返り昨日までの祖国・仲間を撃ち殺すなどという映画はあまりないと思うし、お涙頂戴的なヒューマンドラマとして見た場合には、残された母や恋人との繋がりが物足りなく、やはりこういう映画はあまりないと思う。

そうではなくて、本線はあくまでも南北の分断なのだ。
北と南、兄と弟の、分断なのである。
映画は最後まで諦めない。
兄と弟は、フィルムがまわっているあいだじゅう全ての場面に於いて寸分の狂いもなくたがいを思いあっている。戦争によって人間が歪みはじめたとしても、怒りによって正そうとする。実際の北と南のかわりに、彼らは兄弟愛を貫いたのである。
この映画、とても良かった。


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