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『王の男』 イ・ジュンギ/カム・ウソン/チョン・ジニョン

王の男韓国映画にしては珍しく分かりやすい。みんなの好きなハリウッド映画から、過剰な予算と演出を差し引いて、素朴な語り口にすると、こうなる、といった感じ。ホンもスッキリと直線で進んで行く。TVドラマのような雰囲気もある。なにより視点の新鮮さ。これでヒットしなかったら、おかしいと思う。じじつ、この映画はヒットしている。

チャングムの最初の方に出てきた暴君と、毒殺される、その母親。
ここに焦点を当てているが、そのまま描かずに、暴君・燕山君(ヨンサングン)が評価されている部分、芸事を擁護したという事実から、芸人を出してきて、こちらをメインに描いたわけだ。

もともと舞台で演じられていたものを映画用に書き換えたようで、舞台では、チャンセンの存在が薄かったらしいが(舞台は観てないので推測多し)一篇のドラマに仕立てるために、人物を膨らませて、おそらく舞台よりも“うねる”話になっていると思われる。
がしかし、“うねる”といっても本線から逸脱しない程度に抑えられているから、必要な画だけが次々と流されて行き、そうではない画はバッサリと切られているはず。

韓国映画にしては珍しいと思う。
“うねり”に任せてどこまでも“うねる”のが、私の知っている韓国映画なのだが…。ひょっとして、韓国映画ご贔屓のお客には、不評かも!? 逆に、一般的なお客には、好評かも。韓国映画独特の芸術性を極めて行く、そちらへ向かっているのだとばかり思っていたのに、ここへ来て事情が変わったのか(それとも私が見落としているのか)、『王の男』は韓国映画の次の時代を予感させる、そういう役目を担った映画でもあるような気がした。

逸脱しない、ということで言えば、同性愛か? と思わせるような描写が多かった。これは韓国では、どうなンでしょう。私は、アルチュール・ランボーもジャン・ジュネも大好きだから、まったく問題なし、オッケーですが…。宣伝文に「4人に1人は観た」と書かれていたから、まぁそれほど問題ではなかったのかなぁ、と。逸脱しない程度に抑えられているから、そう問題にするほどには描かれていないと思う。ちなみに、映画『バンジージャンプする』の場合、その描写が少なかったにもかかわらず、韓国では大激論の嵐、だったそうです。

影絵で遊ぶ、とか、美しいシーンもあった。
観やすくて、感情移入しやすい、エンターテイメントを意識した、映画でした♪

公式HP

2005年韓国映画。 
監督: イ・ジュンイク
出演: コンギル(イ・ジュンギ), チャンセン(カム・ウソン), ヨンサングン(チョン・ジニョン), ノクス(カン・ソンヨン), チョソン(チャン・ハンソン)

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COMMENTS



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itu:kairouさん こんにちは
いつも楽しみに拝読しております。

 この映画は確かにストレートでとても解りやすいです。歴史物、特に外国の作品は解りにくいものですが、これは例外。
何時の時代の話か知識のない人でもOK。「むかーし、むかーし、ある国に…」的に始まるおとぎ話のイメージで観ても大丈夫ですね。これが大大ヒットの一因なのかなぁと思いました。
 
 これは元々舞台の芝居だったのですか。きっと映画とは少し設定が違うでしょうが、華やかで、暴君と芸人のセリフ劇として面白いかも知れませんね。観てみたいものです。
 
 映画「王の男」で私が感じたのは、均整のとれた予定調和とでも言いましょうか…。
王様と芸人が絡む宮廷劇を作ったら、こんな感じになるかも知れない。そんな予想を裏切らない登場人物と物語だったと思います。それだったら普通は面白くないのに、この映画はだからこそ面白い。
 
暴君と美青年。
美青年の相方であり、芸一筋の芸人。
傾国の美女。
忠義ゆえに暴君に追放される重臣。そして劇中を彩るように脇役達が配置される。
駒は全部揃ったぞという感じすらします。
更にそれを各俳優がまるで画に描いたようにピッタリ嵌って演じている。
観る者の予想を一つも裏切らない。その安定感がこの映画の良さだと思いました。

 コンギルとチャンセンはお互い最高の相方であり、信頼や愛を越えて二人で一人のような存在なのですね。雑芸を生業とし、風のように旅をしながら民衆の拍手と喝さいを生き甲斐として生きている根っからの芸人たちです。
 ところがコンギルは美貌が禍して、おそらくいつも土地の権力者の欲望に供されてしまう。それをチャンセンは嫌い、身体まで売るかと嘆く。これは嫉妬というより、芸人の魂が言わせる言葉でしょう。
 日本でもそうでしたが古代から中世・近世に於いては、芸能と売色が不可分だったはずで、チャンセンの考え方はとても近代的です。しかしそのチャンセンという存在があってこそ、燕山君が実在した大昔を現在に活かせたのだと思いました。

つづきです。

 民衆ので二人が芸を見せる時、その生き生きとして本当に楽しそうです。それが宮廷にはいると、暴君の一声に身を強ばらせて薄氷を踏むような日々になってしまいます。
 コンギルも初めは燕山君を恐れているのですが、やがて彼は王の癒しきれない悲しみと英君と謳われた父から逃れられない宿命を背負っている事を知ります。
 彼が燕山君の母を敢えて演じたのは、燕山君が母を思慕しているからでしょう。でも結果は想像通りに凄惨な事になってしまいましたね。(溜息)
 常軌を逸していく王を見捨てる事も出来ず、チャンセンと芸を失うのは悲しく、この揺れ動くコンギルの心情が良く表現されていて、私はイ・ジュンギさんに感心しました。役に嵌るとはまさにこの事で、ただ美しいだけではこのコンギルは演じられなかったのではないかしら?

 韓国では同性愛者に対する批判が強いと聞いた事があります。
「王の男」は昔の王様と芸人の話なので現代社会とは隔絶されているし、余り問題なかったのかも知れませんね。「バンジージャンプする」は魂のレベルでは同性愛ではないのですが、実際は高校教師と男子生徒…。やはり生々しかったのでしょうか…。(笑)

 今更なんですが…。
コンギルと燕山君は同性愛的な関係だったのでしょうか?
王様はコンギルを子供時代の遊び友達のように思って、無邪気に呼び寄せていたような気もします。確かに愛情も感じられます…。
うーん、愛っていろんな愛があるから、解釈が難しいですね…。

 芸能を演じているシーンとか、王の部屋でのシーンなど、大きなスクリーンで観たらもっと重厚に感じられたかも知れません。やはり公開時に映画館に行けば良かったと思いました。

namomoさんへ

10月も半ば、涼しくなってきました。
こんばんはv-34

>駒は全部揃ったぞという感じすらします。

ハッキリ言ってしまえば、笑。
おっしゃる通りだと思います。
コンギル役のイ・ジュンギさんは、この役を射止めるために、監督さんに猛プッシュしたそうで、さいしょ監督さんは難色をしめしていたようですが、結果的に、イ・ジュンギさんに演じてもらって正解だったと思います。「このシーンは僕が考えました」というインタビュー記事を、どこかで読みましたけど、たとえば、芸人が放尿の真似をするとか、アクセントになるような場面ですね。そういった引っ掛かりがなければ見やすいだけの映画で終わったかもしれません。駒を揃え、それを動かし、すーっと流れて行ってしまう可能性大でした。おとぎ話のイメージで始まるところなんかを見ても、この監督さんは、見やすい映画を作ろうと、強く心掛けているようです。

>雑芸を生業とし、風のように旅をしながら民衆の拍手と喝さいを生き甲斐として生きている根っからの芸人たちです。

ほんとに! その生き甲斐っぷりが、観ていて気持ちが良かったです。お客をまえにしたときの、ふたりの表情が、なんとも言えず、嬉しそうで…。

>日本でもそうでしたが古代から中世・近世に於いては、芸能と売色が不可分だったはずで、チャンセンの考え方はとても近代的です。

「近代的」と端的に表現していただいて、そうか!、と腑に落ちました。だって近代的なだけで、これ波乱含みです。常識が、ひっくり返っているから。チャンセンがチャンセンらしく、ふるまうほどに、周囲に波紋が広がり、その世界とチャンセンとの摩擦が、この映画の葛藤だった、ということですよね。「燕山君が実在した大昔を現在に活かせ」るし、おかげで、スッと観れるという…、「珍しく分かりやすい」などと記事に書きましたが、この脚本、上手ですね♪

>常軌を逸していく王を見捨てる事も出来ず、チャンセンと芸を失うのは悲しく、この揺れ動くコンギルの心情が良く表現されていて、私はイ・ジュンギさんに感心しました。

そこは、どっち? どっちを選ぶの? と思って観ました。
ぐらぐらに揺れているのがよく分かって、だけどチャンセンを選んでね、と心のなかで、願ったりして…。イ・ジュンギさん、上手でした。

>韓国では同性愛者に対する批判が強いと聞いた事があります。

やっぱり、そうなンだぁ…。
『バンジージャンプする』は大変だったみたいですね。
同性愛を商品化しているとまで言われてしまい、脚本家の方が、若い女性の方ですよね、その方が出てきて説明したという…。性別を超えた愛を描きたかった、と。
『王の男』の場合は、映画の最初の方で、コンギルが慰み者になっている場面がありました。ここでコンギルの位置、役割を、印象づけたのかなぁ、と思ったので、そのあとの燕山君との関係も、同性愛として、観てしまいました。といっても燕山君は、前の女に戻ってしまうから(笑)、どの程度本気だったかは、疑問です。「無邪気に呼び寄せていた」だけかも~。

>大きなスクリーンで観たらもっと重厚に感じられた

うんうん(しみじみ)。
奥行きが違って、迫力も違ったかもです。

namomoさん、コメントありがとうございました。
記事とコメントとを合わせて、ようやく見られる記事になったような気がします、汗。
感謝です♪♪

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